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  • 【第536回】「理念」「ビジョン」「ミッション」ふわふわしたこれらの言葉を再定義すると?

2020年07月17日 マネージメント メールマガジン 経営 【第536回】「理念」「ビジョン」「ミッション」ふわふわしたこれらの言葉を再定義すると?

こんにちは。

ロゴ作成専門ビズアップ 津久井です!
https://www.biz-up.biz

さて、今週もコロナ問題を斬る書き出しから。

世間は「GoToキャンペーン」をやるとかやらないとかで騒いでいますが、ウラ側にある構造が見えると誰が何の目的でそれぞれの意見を言っているかがわかります。そしてそれが感染者数にも現れます。どういうことか?

基本的には政府と主要都市の知事たち(主に東京と大阪、北海道)とは、背後にいる勢力が違うようです。国が推し進めることをコロナを利用して知事たちが邪魔をする、というのが今回の「GoToキャンペーン」の騒動の本質だと思います。

どうやって邪魔するかは簡単です。感染者数を増やせばいいわけです。

「んなアホな!そんなことできるわけない!」

と思うかもしれませんが、以前もお伝えしたとおりPCR検査はいくらでも陽性を生み出せます。そもそも感染者を検査するものではありません。遺伝子を調べる研究用の検査だと、昨年8月に亡くなった開発者は言っています。インフルAもBも、アデノウイルスもRSウイルスも、すべてひとくくりに「陽性」と判断されます。それをおそらくはすべてコロナで計上しているだけです。

つまり、検査数を増やせば陽性は自ずと増えます。そして実際に「検査数が過去最多」という報道もテレビですらされています。東京都は政府がやる「GoToキャンペーン」を邪魔するために検査数を増やし、感染者数を増やした、なぜそんなことをするかというと、それぞれのバックにいる勢力が違うから、ということになります。

このように情報を客観的に整理してから自分の考えを決め行動に移す。これは先週もお話しましたが経営のトレーニングになることです。

今回のコロナ騒動で言えば、誰の意見を信じるかは私の中では明確になっています。「PCR検査がどういうものか正しい情報を提示した上で意見を言う人」です。残念ながらこれは今はまだほとんどいません。国も地方の首長もいません。コロナを流行らせておきたいからです。とても残念なのはtwitter上で多くのフォロワーを抱える東大や京大の教授すらいません。

絶対にわかっているはずです。PCR検査という「前提」がどういうものかをきちんと確認した上で意見しないといけないことは、東大や京大の教授になる人たちがわからないはずないんです。そんなバカじゃ教授にはなれない。

ではなぜPCR検査の前提を隠すのでしょう?ちなみに今回のコロナ問題で火を焚きつけるような学者には京大の教授が多い説が出ています。京大といえば・・・あのノーベル賞おじさんがいますね。私はノーベル賞もあの人もまったく信用できません。

それでも一般の人にとっては、特にテレビに脳みそを侵されている人にとっては、生命の危機からIQが下がり(脳の機能的にそうなります)、事実やデータから本質を見極めることはすでに無理なのかもしれません。メディア側からしたらシメシメ、です。

これは経営に置き換えると、業績不振など会社存続の危機の際には恐怖にとらわれるとIQが下がり正しい判断ができなくなるかもしれないということです。いかに恐怖にとらわれずに冷静に考えられるかがとても重要。

今回のコロナ問題、「経済より命が優先だ!」という意見と「経済を回さなければその生命が危ぶまれるんだって!」という意見に大きく分かれていますが、本質的な部分を見るならば、「自分の命の危険をよりリアルに感じるのはどちらか」によって人は意見が変わるんだなという学びがありました。「ウイルス」と「経済」、どちらがその人の命をよりリアルに脅かすと「感じるか」、それにより意見が変わるということです。そしてメディアが「ウイルス」と「経済」のどちらで命の危険を「感じさせようとしているか」は一目瞭然なわけです。

というわけで書き出しだけで普通のメルマガならもう1号分じゃないかというくらい書いてしまいましたが、今回は前回のつづきを少しお話したいと思います。

とその前に、今回のお話に関連してある動画と記事をご紹介します。

この動画と記事に出てくる漢(オトコ)、元Jリーグ横浜Fマリノス選手会長の中町公祐選手です。

実はビズアップでは動画と記事に出てくる彼のアフリカでの活動を応援しています。NPO法人Pass onのロゴ作成のご依頼をいただいたのがきっかけでした。なぜ応援しているか。中町選手の活動から、今回のお話のテーマである「理念」「ビジョン」「ミッション」といえる類のものを「感じる」からです。

ちなみに2週間前に「足の骨を折った」とこのメルマガでお伝えしましたが、実は一時帰国している彼と一緒にフットサルをしてうれしくて調子に乗っていたら折れました(泣)

本日は前半は「理念、ビジョン、ミッションと人格」と言った話をします。簡単にいうと、なぜ中町選手の動画やそこで行われている活動に私たちは共感するのか、経営に置き換えると?というお話。

後半は、前半の話を踏まえながらも注意しなければいけない点、現実に起こりうるワナ、こんなお話になります。

まずはかんたんに先週のお話をおさらいします。

先週のお話を読み返したい場合はこちらお読みいただきたいのですが、ざっくりまとめると「良い会社」は図で表わすことができるというお話でした。その図が次のものです。

  1. 社員が会社にいつづける理由、会社がその社員にいつづけてもらいたい理由は2つの円で表現できる。
  2. 2つの円のひとつは会社(の器)を表し、もうひとつの円は社員(の器)を表す。
  3. 2つの円は一部分重なっている。重なる部分が大きければ大きいほど、社員が辞めない強い会社と言える。
  4. 何もしないと2つの円は次第に離れていく(重なりが少なくなる)力が働いている。
  5. 会社と社員が成長するとそれぞれの円は大きくなり重なる部分も増える。
  6. 理念やビジョン、ミッション、共通目標などは2つの円が離れる方向に向かうのを近づけようとする力を持っている。

さて、本日はこのつづきとして理念やビジョン、ミッションなどなどについてもう少し詳しくお話してみたいと思います。

●理念、ビジョン、ミッションの違いとは?

理念、ビジョン、ミッションってそれぞれ何が違うのでしょうか?もっと言えば、クレドとか行動指針とかコアバリューとかいろいろあります。

このあたり、とてもふわふわしていると思いませんか?

デザインやらなんやらのいわゆるクリエイティブな言葉、たとえば「ブランディング」「コンセプト」などなど感覚的な言葉を定義していくのはもはや私のライフワークとなっております。

それゆえ、理念やビジョン、ミッションなどもある程度の言語化、定義は済んでいます。

まずはビジョンとミッションについてお話します。

この2つ、どちらも横文字でなんとなく雰囲気が似ているので余計混乱しますよね。それぞれを英語で直訳するならば、

  • ビジョン:展望、眺望、見通し
  • ミッション:使命、任務、役目

なるほどなるほど。まあ、そうでしょうねえ、という感じ。でもなぜかまだふわふわしてませんか?もう少し掘り下げてみます。

ビジョンとミッション、この2つはお互いに関連していなくても良いのでしょうか。

たとえば、

  • ビジョン:戦争のない世の中(になる)
  • ミッション:社員を大切にする

こんなふうに策定されていたらどうでしょう?

「戦争のない世の中」と「社員を大切にする」はすごーーく遠くではつながっているかもですが、直感的に関連しているとは感じませんよね?これだと正直「??」という感じではないですか?わからないでもないけれど、なんかしっくり来ないというか(たまにこういう会社さんいますけど)。

ビジョンとミッションの関係性がわからないとこういうことが起こります。

結果、それぞれに暗記しなければならないようなストーリー性のない、一貫性のないビジョンとミッションができあがります。

ビジョンとミッションは本来、

このビジョンにする(なる)ためにこのミッションを遂行する、やり切る!

という関係性になっています。

  • ビジョン=叶えたい世界
  • ミッション=そのためにやるべきこと(=使命)

と言い換えることもできます。

実はこれ、童話の「桃太郎」を参考にするとわかりやすいです。

桃太郎のビジョンは「鬼のいない平和な世界」です。そしてミッションは「そのために鬼ヶ島に鬼退治に行く」です。ビジョンに共感して一緒にミッションをクリアしようと集まったのが犬、サル、キジです。

さてさて、童話ではきびだんご(=報酬)をもらって鬼退治にいくので、非常に現金な感じがします。実際は「団子をもらって命を投げ出す物好きなんていない」です(水曜日のカンパネラというミュージシャンの曲の歌詞です)。

命を使って果たすのが使命です。実際に鬼退治にいけば命を取られる可能性もあるわけで、きびだんごだけでミッションに参加したいなんて思うわけないと思うのです。そこには「鬼のいない平和な世界」という崇高なビジョンがあったから犬、サル、キジはミッションに同行したはずなんです。

これ、実際の会社経営でもそうだと思います。

犬、サル、キジは会社で働いてくれるスタッフの比喩です(動物扱いしているわけではありませんよ)。きびだんご=給料だけが働く理由という人は特に今の時代は多くはないのではないでしょうか?

●ビジョン、ミッションだけでは足りない

ここでひとつ注意が必要です。

どんなに崇高なビジョンとミッションがあっても失敗するケースがあります。

たとえば、人材会社さんのビジョンとミッションが以下のようなものだとします。

  • ビジョン:ひとりひとりが活躍する世界
  • ミッション:個人の能力を最大化する

このようなビジョンとミッションを打ち立てている会社の社長が、飲食店の店員さんなどに乱暴な言葉を投げかけるような人だったらどうでしょうか?実は社員をまったく信用しておらず「あいつはムリだな」みたいなことをウラで話しているような人だったらどうですか?

こうなるとそのビジョンとミッションは共感されないものとなってしまい、形骸化してしまいます。

大前提として必ず忘れてはいけないことがあります。それは「ビジョンは描く人のエゴである」ということです。

世界を平和にして多くの人を幸せにしたいと思うのもエゴですし、政治をとおして世の中を良くしていきたいというのもはっきり言ってその政治家のエゴです。これは実は仕方がないことです。

少し話が脱線しますが、エゴには2種類あるというのが私の考えです。

  • 誰かの価値になるエゴ
  • 誰の価値にもならないエゴ

エゴでいいのです。ただ、そのエゴが誰かの価値になるかどうかが大切です。そのエゴを信じてもらえるか、そのエゴに共感してもらえるか、自分のことではなく誰か多くの人の価値になるほうがやはり共感されますよね。

話を戻すと、どんな崇高なビジョンすらエゴだとすると、結局大切なのは何かというと「リーダーの人柄」になります。

今度はこれをマンガ「ワンピース」を例に考えてみましょう。主人公ルフィのビジョンとミッションは

  • ビジョン:海賊王に、オレはなる!
  • ミッション:大秘宝ワンピースを手に入れる

「海賊王になる」なんて、エゴ以外の何物でもありません(笑)。しかし、ルフィのこのエゴに対して仲間たちがともに戦う理由に目を向けてみるとヒントが出ます。

マンガを読んだことがある人ならルフィがどんな人格の持ち主かわかるはずです。

ルフィが海賊王になった後の世界は、きっと平和ですばらしい、人々の笑顔が絶えないような世界になるだろう、ルフィにはそう感じさせる力がある。だから仲間たちは協力するわけです。

リーダーは仲間にこのように感じてもらう必要があるということです。

「このリーダーなら、ミッションを遂行しビジョンが叶った後はきっとすばらしい世界になっているだろう」

冒頭の元横浜Fマリノス中町選手を私が応援するのも、彼が今まで歩んできた人生とその経験を知っていて、そこから溢れ出る人柄を感じる(実際に感じた)からです。

そして「そういう自分」でいつづけられること、それにより、より多くの人を味方にできること、これらをカリスマ性というのだと考えています。つまりカリスマ性は、いつまでもブレずに「そういう自分」でいられるかどうかそこに何人の人が共感するかで計測できるということです。

しかし、人間ですからいわゆる「ブレてしまう」ということは誰にでもあることです。

ここで「理念」の登場です。

理念の役割は、自分のビジョン、ミッションに共感してもらうために、自分(会社)の在り方を律する、こうあろうとする「基準」です。「そういう自分(会社)」の言語化が理念であり、理念のとおりに在ることができない人(会社)のビジョン、ミッションには共感してもらえないということです。

ルフィは理念という「言葉」がなくてもマンガというストーリー、文脈をとおしてそれを読者に「感じさせる」ことができますが、会社や経営者はそういうわけにはいきませんね。

理念はそうあろうとすることで、社員にビジョン、ミッションに共感してもらうことができると同時に、社員が一丸となってその理念のとおりに在ろうとすることで、お客さまや取引先にビジョン、ミッションに共感してもらうことができるということになっていきます。

結果、このメルマガで何度も紹介している私の心の師匠、サイモン・シネック氏の言葉のとおりになります。

自分の提供するものを欲しがる人とビジネスするのではなく、自分の信じることを信じる人とビジネスするのを目標とするべきなのです。

●理念、ビジョン、ミッションがあっても陥る現実的なワナ

ところがところが、まだ最後に大きなワナが残っています。これは私自身が陥ったことで気づいたワナです。

そしてここからが童話やマンガでは出てこないであろう、ある意味現実的な話になってきます。

桃太郎がひとりではなく仲間と鬼退治をしたように、ルフィが海賊王になる旅をともにしてくれる仲間がいるように、どんなビジョンを持つかにもよりますが、それを叶えるためには自分以外の仲間が必要なケースが多いです。

  • 早く行きたければひとりで行け。遠くへ行きたければみんなで行け。

アフリカのことわざらしいのですが、とても良い言葉だと思います。

おそらくビジネスにおいてひとりで遠くに行くのは極めて難しい。遠くに行こうと思ったら仲間の助けは必要不可欠です。ここまではどんな経営者やリーダーでもあまり異論はないのではないでしょうか。

ところがよく考えてみてください。

現実問題として企業のほとんどが人の問題を起こしています。一緒に行こうと思った仲間と問題を起こすわけです。

こういった問題はあまりにも多いものですから、常に「仲間」=「社員」に不満や怒りを持つ経営者もいれば、「もはやひとりのほうが遠くに行けるんじゃね?」ということで単独行動にでる経営者もいます。

会社の夢や目標よりも自分の生活や趣味のほうが大切、という人なんかゴマンといます。または、会社のビジョン、ミッションは応援したいけど、「それを叶えるために自分自身が全力疾走するかというとちょっと。。。」という社員もいます。

中小企業の経営者の中には「社員はファミリーだ!」「社員は全員仲間だ!」という熱いタイプの人が少なくありませんが、社員に対しての期待度が高いからこそ、それに応えてくれない社員がいたときにとても厳しい対応をしてしまいます。

なぜなら「裏切られた!」と感じてしまうからです(昔の私はわりとこのタイプ)。

「生活のために働く社員」または「応援はするけど自分がそこに本気になるかというとちょっと・・・」という社員、それに対して「裏切られた!」とか「なんで本気でビジョン、ミッションを成し遂げようとしないんだ!」と怒る社長、こんな構図ができあがってしまいます。

こうして、ビジョンとミッションを達成する仲間だと経営者が(ある意味勝手に)思っていた人と問題が起きてしまうわけです。

だからといって社員を一方的に責めるのは間違っています。前述のとおり、たとえその会社の理念やビジョンに共感できていたとしても、

  • 自分が中心となってミッションを達成しよう
  • ミッション達成のために全力疾走する

ということを思い実行できる人というのは限られているわけです。

「ビジョンよりお金です」
「ビジョンには共感するけど応援に徹したい」

多様性の時代である現代であれば社員のタイプもさまざまです。

さてそうすると「遠くへ行きたければみんなで行け。」の「みんな」って誰のことを指すんじゃい、ということを経営者は明確にする必要があるということになります。

「犬、サル、キジ」になれるのは、「麦わらの一味」になれるのは誰なんだろうということを考えなければならないということです。ここを考えずに「全員でビジョンに向かって突っ走るぜ!」とやってしまうからワナにはまるわけです。

そしてここからが更に重要です。

遠くに一緒に行ってくれる「犬、サル、キジ」や「麦わらの一味」が仮にうまいこと見つかったとしても、そんなメンバーだけで会社を成長させることは現実問題として不可能です。

「ビジョンよりお金です」
「ビジョンには共感するけど応援に徹したい」

という人たちの協力も確実に必要だということです。

  • 早く行きたければひとりで行け。遠くへ行きたければみんなで行け。

良い言葉なのは間違いありません。

でも、「みんな」を明確にすることなくこの言葉を鵜呑みにするのはとても危険だというのが、私が得た失敗からの教訓です。

●登山で例えるとわかりやすい

これらのことを私は登山に例えることにしました。

まずはどんな結果を出すことを目標にするのか。つまり、登ろうとしている山を明確にする必要があります。

エベレストなのか、
マッキンリーなのか、
キリマンジャロなのか、
富士山なのか、
稲荷山公園なのか(マニアック)。

当然、エベレストを目指すならそれなりの「覚悟」が必要です。富士山ならまあ1日で登頂下山できますし、稲荷山公園ならハイキングレベルで行けます。

どの山を目指しているのか、どのくらいの難易度の山を目指しているのか、これはやはり経営者が伝えつづけなければならないことなのでしょう。

その上で、多くの経営者はエベレストやマッキンリーなどを目指したいと考えていると思います。

その場合、社員全員での登頂を目指すのはやめたほうがいいと考えます。

これが「遠くへ行きたければみんなで行け。」の「みんな」を誰にするかという話です。

「よっしゃ!エベレスト登るぞ!」と社長が熱く語るかたわらで「稲荷山公園しか行くつもりないっす」と心の中で思っている社員だっています。「エベレストにチャレンジしてほしいけど一緒に登れと言われるとそれはムリ」という社員だっているわけです。

帰ってこられるかわからない山に登ろうとする人と、出発して4〜5時間後には帰宅できる山に登るつもりで参加している人、応援はするけどそこまでリスクを背負いたくない人。

こういう人たちが混在する中で、全員を無理やりエベレスト登頂に同行させてもうまくいくはずないのにそれを理解せずに強要するリーダー。

ビジョンとミッション、理念があっても、うまく行かないケースはこのようにして起こると考えています。

私はあるときから「エベレストを目指す」という話をしつつも「全員で一緒に行こう!」とは言わなくなりました。

エベレストに登るなら、さまざまな中継地点を経由する必要があります。自分がどのくらいの中継基地までなら一緒に行ってもいいかを考えて教えてね、というようにしています。そういう人の支えも必要だからです。十分ありがたく存在意義のあることだと思います。

そんな中で頂上にアタックする部隊を少しずつ形成していければいいかな、というのが今の私の気持ちです。アタック部隊とはもうおわかりかと思いますが「犬、サル、キジ」であり「麦わらの一味」のことですね。

さてさて、かなり長くなってしまいましたがまとめます。

  • ビジョン → 叶えたい世界
  • ミッション → そのためにやるべきこと(=使命)
  • 理念 → エゴであるビジョンやミッションに共感してもらえるような自分(自社)であるための指針、基準(を言語化したもの)
  • 「早く行きたければひとりで行け。遠くへ行きたければみんなで行け。」の「みんな」を明確にする。全員でエベレスト(ビジョン)に登ろうとしない。共感して応援してくれる人も大切にする。
  • その上で一緒に登頂アタックしてくれる仲間(犬、サル、キジや麦わらの一味)を見つける。

こんなお話でした。

こういったことを押さえながら、理念、ビジョン、ミッションなどの言語化にチャレンジしてみていただけると面白いかなと思います。


今回はここまでです!

津久井

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