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8月が終わりますね。2026年も3分の2が終わるわけです。あっちゅーま。
9月に入ったら、個人的にはもう年末。だって、ここからさらに「あっちゅーま」だもの。
そんなビズアップは、この8月で決算を迎えます。9月に入ると、創業から21年目、株式会社としては20期目に突入します。これも「あっちゅーま」。
感慨深いですが、ここからさらにつづく会社にしていくためには、ひと皮もふた皮もむけないとですね。
さて、本日のお話。
ワタクシ、メモ魔なんですよ。起業するちょっと前から、いろいろなビジネスアイデアとかをお笑い芸人の「ネタ帳」のようにしたためてきました。
スマホが登場してからは便利になりましたよね。「Evernote」とか使えば、いつでもどこでもメモれて、ノートを持ち歩く必要もない。
このコラムでも何度かご紹介しましたが、「コンセプトをつくれる言葉(コンセプトテンプレート©)」は、私が思いついたものや街で見かけて「いいな」と感じたものをEvernoteにメモって蓄積したものです。
で、最近メモっているものが他にもあります。
それは「能力」です。
「ジョジョの奇妙な冒険」の「スタンドの能力」とか、ドラマ「SPEC」の特殊能力みたいな感じをイメージしてもらうといいと思います。まあ、どちらも「特殊能力」で、私がメモっているのは極めて現実的なヤツですけどね。
で、この「能力一覧」を解説とともにお見せしたいなと思うのですが、その前に、「じゃあお前の定義で【能力】ってなんやねん」というツッコミが入ると思いますので、今週は、
- 能力とはなんぞや? −能力とスキルの違い−
についてお話し、来週は「能力一覧」の解説をしたいと思います。
ちなみに能力は私がメモっているモノ以外にもまだまだ発見されていないものがいろいろとあると思います。
「能力」と「スキル」の違いがわかりますか?
「能力」と「スキル」。
日本ではこれってわりと混同されて使われますよね。「スキル」と聞けば「≒能力」という印象があるのではないでしょうか?
しかし、ワタクシ気づいてしまったんです。実はまったく別物なのではないかということに。
「スキル」っていうのは、たとえば「パソコンスキル」などのように「パソコンを扱う技術」だったり、他にも「溶接の技術」だったり、「一口呑んでどんなワインかを当てる技術」だったり。
何かというと、
- 学べば後からでも身に着けられる技術的なもの
- 人から教わることができるもの
が「スキル」だと考えます。
ということは「能力」はもうおわかりかもしれませんが、学んでも身につくものではないし、ましてや人から教わることができるものでもない。
経験を通して、ある意味で「身についてしまうもの」が「能力」なのではないかと思うわけです。
これは「運動神経」を例にとって考えてみるとよいと思います。
私は今年の春まで少年サッカーのコーチをやっていましたが、教えていく中で、運動神経が良い子と悪い子というのが当然います。
たとえばリフティングを教えることはどの子にもできます。「足の形がこうだったから失敗したんだよ、もっとこうしてごらん」とか、そういうリフティングのコツ(スキル)を伝えることはいくらでもできます。
しかし、当然ながら結果(リフティングを何回できるか、どのくらい早くマスターできるか)は運動神経が良い子と悪い子とで雲泥の差が出てしまいます。
これは「リフティングのスキル」の問題ではなく運動神経の問題です。で、運動神経を教えることはできないです(もちろん開花させる方法はあるのでしょうけど)。これと同様に、「能力」も教えることはできません。
運動神経は、あるスキルを伝授されたときに、それを身につけるまでの速度やどのレベルで身につけられるかに影響を与えます。
それと同様に、能力もあるスキルを与えられたときに、それを身につけ活かすことができるのか、それとも身につけられない、活かしきれないのかに大きな影響を与えています。
なので、同じことを教えているのに(スキル)、結果が違う社員が現れるわけです。
「能力」は教えられて得られるものではなく、いろいろな経験を通して徐々に得られていきます。
たとえば、学歴が高い人は受験勉強を通して
- 全体とその構成を捉える力(物事を体系的に捉える力)
- 論理的思考能力
- 目標達成(合格)するマインド
- そのために努力する力
こういった「能力」を受験を通して身につけている可能性が高いです。
スポーツの強豪校にいた経験などであれば、やはり努力する「能力」はあるでしょうし、「負けず嫌い」も能力です。
「負けず嫌いになる方法」は人から教わることができません。「こうやってこうしてこうやれば負けず嫌いになれるよ」みたいな話ではないからです。
団体競技であれば、先輩から厳しいことを言われたり蹴られたりすることもあると思います(私は高校のサッカー部で試合中に先輩に蹴られました)。
これは「ストレス耐性」という能力を身に着けている可能性が高いです。あと、悔しいのでやはり「負けず嫌い」も身につくと思います。
根性論はあまり好きではありませんでしたが、会社を経営していてやはり「根性」は必要だな、と思う局面に多く出くわしました。
そして、能力とスキルの違いに気づいたとき、「根性」もやはり「能力」のひとつだと腹落ちしました。
「根性」はスキルではないため、「根性」という「能力」を身につける経験がなかった人に、「もっと根性を出せ!」と言っても出しようがありません。
これが根性論がうまく行かない理由で、根性がある人は「根性出せ!」と言われることはほとんどなく、その前に根性が出ちゃってます。
仕事を段取り良く進めるのだって「能力」です。
それは計画を立てて実行するという経験を通して「能力」として身についた人もいるでしょうし、何かのチームリーダーのような存在を経験して「人を動かす」ことで物事を遂行する「能力」が身についた人もいるかもしれません。
納期を守る、約束を守るのも実は「能力」です。「約束を破っても大したことはない」という経験をしてしまうと、約束を守るという「能力」は身につきません。遅刻グセがある人などが改善できないのは、それを「能力」として有していないからです。
「仕事を楽しむ」とか「まじめに取り組む」というのも能力です。これって本当に大事な能力で、私は昔から「どうせやらなければならないなら、どうすれば楽しめるか」ということを常に考えていました。こういう経験がないと、「仕事を楽しむ」という「能力」がない人になってしまいます。
「一流大学卒の社員は使えない」
これらのことにここ数年で私はやっと気づいたのですが、すでにこれを本にして教えてくれていた人がいました。
それは、何を隠そう、このコラムで何度も登場する私の師匠、故伊吹卓先生です。
伊吹先生は昭和7年(1932年)生まれ、著書は100冊以上、さまざまな企業や会でコンサルティングや講演をされてきました(残念ながら数年前にお亡くなりになられています)。
その内容は主に商品開発やデザインなどに関してが多いのですが、特筆すべきは「売れるか売れないか」に徹底的にこだわられていたことです。
- その商品で売れるのか?
- そのデザインで売れるのか?
そこから派生して、セールスマンについての研究もされていました。
- その売り方で売れるのか?
ということですね。
そんな伊吹先生の本の中でも、人材について本質的なことが書かれている本が、「人財革命」。
実はこの本、絶版になっています。
かなり前の話ですが(ビズアップを創業してまだ数年)、伊吹先生のもとを訪ねた時に絶版になっている上に手元に余っている本がないということで、「人財革命」の手書き原稿の全ページを私のためにコピーしてくださり渡してくれたことがあります(今でも大切に保管しています)。
当時読んだ時にも衝撃を受けたのですが、読んでいたくせに伊吹先生の教えを実践できず、かつては人材面ではとても苦労しました。当時ほどではありませんが今も。。。
本が書かれたのは1987年。PHP研究所から出版されています。どうやら「人材」を「人財」と表現したのは本から察するに伊吹先生がはじめてのようです。
- 「教えたら人はバカになる」
これは伊吹先生がこの本に書かれている言葉です。この本はひとことで言うとこの言葉に集約される気がします。
私は「能力とスキルの違い」に気づいたとき、「ああ!伊吹先生が言っていたのはこれか!能力を教えようとするから人はバカになるんだ!」と気づき、めちゃくちゃ腹落ちしたのですが、読み直してみると、本にはそのままのことが書かれているではないですか(汗)。
まさに「車輪の再発明」。本を読んだのに学べていない自分、反省です。
本によると、教育とは大きく分けて2つあるとのこと。
- 知識を与える
- 能力を開発する
この2つは切り分けて考えなければならず、知識は教えてもいいけど能力を教えようとすると人はとたんに力を失うようです(自分がやっと気づいたことがほぼそのまま書かれています汗)。
もっと言えば、知識すら事実から自分でつかむべきものであると言っています。
この2つをどちらも「教育」という言葉で一括りにするのは問題だと伊吹先生は言っています。
伊吹先生は名経営者オタクでもあり、松下幸之助や小林一三、本田宗一郎、伊藤雅俊、稲盛和夫などなどの経営者からも多くを学びました(実際に話を直接聞きに行っていたようです)。
その名経営者たちが口をそろえて当時言っていたのが「一流大学卒の社員は使えない」だったそうです。
今は少し時代も違いますが、この本が書かれた当時は詰め込み型の学歴社会まっただ中で、本質よりも知識や記憶力ということが評価された時代だったからなおさらだったようです。
たしかに私が子どものころ、「東大生はアルバイトでは使えない」的な話などがよくウワサになっていました。
こういった人たちは事実から学ぼうとせず、理論や知識に走りがちで、答えを自分で探すのではなく、すでにある答え(らしきもの)の中に正解があると思い込み失敗するわけです(答えは教科書的なものにあるはずだ、みたいな)。
そして、そのうち失敗が怖くなりチャレンジすることをしなくなると。
これは「デジタル型」だと伊吹先生は本の中で書かれています。大事なのは「アナログ型」。アナログからデジタルへの変換はできてもデジタルからアナログへの変換はできない、と言っています。
そして、アナログは脳の機能面からすべてを言語化できない。だから、理屈、理論、などなど「言葉で理解」しようとしてはダメだ、ということなのだそうです。
しかも、100冊以上の本を出している伊吹先生は、「本ばかり読んでいるヤツはダメ」と言っています(笑)。
「デジタル型」に対し、アナログ型は「本能型」とも置き換えることができるようです。
たとえば、相手の顔を見ただけでその人の感情を汲み取れたり、その人の趣味嗜好を理解することが完璧とは言えないまでもできるのは、本能の力だからです。
ちょっと脳の構造のお話をします。
脳は一番外側に「大脳新皮質」という部位があり、主に言葉や数字などを扱っています。その内側には「大脳辺縁系」と呼ばれる部位があり、これは感情などを含めたより本能的なものを扱うと言われています。
「大脳辺縁系」は人間が言葉や数字を扱うずっと前からあります。なので、言葉や数字を扱う部位は大脳「新」皮質と名づけられています。
多くの人が似たような経験をしたことがあると思いますが、「言葉で表せないけどなんかイヤだ」とか「生理的に受けつけない」というのは、大脳辺縁系でそう感じているということです。
「教える」とは「言葉で理解させること」と言い換えられます。つまり、一番新しい部位「大脳新皮質」で理解しよう(させよう)とするということです。そうすると、表面的な解釈しかできません。
まさに脳の構造と同じで、大脳新皮質は一番表面にあるため教えると表面的な理解になります。もっと奥に眠っている本能的な能力は教えることができないわけです。
※ちなみに伊吹先生は1980年代にすでに京大の霊長類研究の第一人者のもとで人間の脳について学んでいました。
それでも教えようとすればするほど、この本能的な力はどんどん発揮できなくなってしまいます。
たしかに、営業成績で記録を出すほどの人も、ヒット商品を連発する人も、おそらく本能的にそれを達成し、後づけで言葉や理論にしています。
これは「言語化」というまた違う能力の賜物で、「言語化の能力がないけど結果を出す人」はどうなるかというと、長嶋茂雄のようになると考えます。「バーン!」とか「ズバッ!」とかしかいえないわけです。
「名選手、名監督にあらず」という言葉はこのあたりから来ているのではないでしょうか。
「能力」→「言語化」は、まさに「アナログ」→「デジタル」です。やったことがない人がその「理屈」から真似ようとしても、デジタルスタートなのでうまくいかないのでしょう。もしそうではないなら、やり方を聞いただけで誰でもできてしまうはずです。
人を育てる上では、この本能的な力をいかに発揮させてあげるかが大切になるんですね。
なお、人間は誰でもこの本能的な力を発揮すればすばらしいパフォーマンスを出すことができ、このことから伊吹先生は「人間はみんな天才だ」とも言っています。
私たちの仕事でも思い当たるフシがたくさんあります。お客さまと会話し、できればお会いすることで説明=言葉での伝達以上の情報を得ることができます。
具体的に言えば、お客さまの顔つきや話し方、身振り手振り、服装などからこのお客さまはこんなロゴがお好きなのではないか、と「感じる」ことができるのです。
これを伊吹先生は「眼力」と名づけています。伊吹先生の研究では名経営者はすべからくこの能力を持ち合わせていたようです。
たとえば、阪急電鉄の創始者、小林一三は会社をどのように発展させていくかを考える際に、当時誰も乗らず経営が苦しかった阪急電鉄の沿線やその候補地をすべて歩いて自分の目で確かめて回ったそうです。
「眼力」という能力によって、見ることで言葉以上の理解を得られる。ブルース・リーも言っていました。「Don’t think, feel!(考えるな、感じろ!)」
【知る】と【験(し)る】は違う
伊吹先生はこのような言葉も残しています。
- 「百聞は一見にしかずというけど、百見は一験にしかずだ」
100回見て知った気になっても、1回経験したのには及ばない、ということです。もっといえば、1回聞いたくらいでは、まったく経験したとはいえない、1万回聞いてやっと1回経験したのと同じだ、ということです。
私はこれをもって「【知る】と【験(し)る】は違う」と言いたいと思います。「験(し)る」は当て字です。
ちょっとした例をお見せしましょう。こちらの絵をご存知でしょうか。


はい、ゴッホのひまわりです。これ、ロンドンのナショナルギャラリーで数年前に実際に私が撮った写真です。
私は、ゴッホのひまわりをそれまでは「知って」いましたが、このとき初めて「験(し)」りました。
写真からではわからない実物の大きさや絵の質感を今では験(し)っています。しかし、この絵を描くということがどういうことかはまだ験(し)りません。
「ひまわり」を見た数年前まで、私はロンドンの街を知っていましたが、験(し)りませんでした。なにせ、初ヨーロッパでしたから。
今では、私も一緒に行った長男と次男も、ロンドンの街を験(し)っています(なんなら、長男はまさに今、2回目のロンドンに遊びに行っています)。
ここから少しだけ子育て論を。
長男と次男とロンドンに行ったとき(当時は長男高2、次男中2)、私は現地の人とのコミュニケーションを基本的に長男に任せていました。
私が英語があまりわからないということもありますが、そのほうが長男のためになる(海外で人とコミュニケーションを取ることがどういうことかを験(し)ることができる)だろうと思ったからです。
スキルと能力の違いは、この言葉からもわかります。「知」ることである程度得られるものがスキルであり(その後のトレーニングは必要)、「験(し)」らないと得られないものが能力です。
そして、スキルは「習得」するものであり、能力は「収得」するものともいえます。「習得」は「習って覚えること」であり、「収得」は「自分のものとすること」です。
能力はスキルの習得具合や習得スピードにも影響を与えます。リフティングの例を思い出してください。運動神経という「能力」を持った子のほうが、できる回数も多く、できるようになるまでのスピードも早いです。仕事も同じです。
そして重要なことがもうひとつあります。それは、「能力」の収得は若いほうがしやすいということです。
昔の人の言葉は本当に含蓄がありますが、「若いうちの苦労は買ってでもしろ」というのは、「若いうちに能力を身に着けておいたほうがいいよ」ということなんですよね。「若いうちじゃないと身につかない」、「若いうちのほうが身につきやすい」という意味なのでしょう。
私がロンドンに長男と次男を連れて行った理由は、彼らに「日本以外を験(し)る環境を与えたかったから」です(そもそも次男は当初ロンドンに行きたがらなかったが、半ば強引に連れて行った)。
当時の彼らはスマホをいじるかゲームをするかばかりで、私はそれがイヤでした。
スマホやゲームばかりがなぜイヤだったのか、いまいち自分の中でも自分に対して説明できませんでしたが、「スキルと能力の違い」が言語化できた今は違います。
スマホやゲームばかりだと、若いうちが重要な、大切ないろいろな種類の「能力」の蓄積がすごく限定的になってしまうからです。
ただ、長男や次男に「スマホやゲームばかりじゃなく、もっと〜〜なことを経験しろ!」とか、「将来の君たちのことを考えて、そんなことばかりじゃなく〜〜したほうがいいと思うよ」とかを伝えることは意味がないと思いました。
どんなに厳しく言っても、逆に優しく言っても、「教えたら人はバカになる」からです。
さて、ここまでは子育て論。では実際にビジネスの現場だとどうなんでしょう。
人が教えたらバカになるのは、子どもだろうと社員だろうと同じです。それを私は験(し)っています。
しかしながら、子どもと違って、会社には叶えるべきビジョンやそのためのミッションがあります。それをもっとドリルダウンしていくと、毎年、毎月の目標などがあります。
子どものように、「将来どうなるかわからないけど、きっとこの経験がなにかの能力になるはず」とか、「いつその能力が開花するかわからないけど、信じて待つ」という姿勢でいることは、残念ながら現実的ではありません。
ここが難しいところです。
「能力は教えることができない」けど、「能力が開花するまで待つことはできない」というこのある種の矛盾とどう渡り合っていくか。この視点を外すことは経営者として許されないことなのでしょう。
ある会社は資金力を活かし、確実に能力がある人を見分け採用する、ということでこの矛盾を解消しているかもしれません。
また別の会社では、能力に左右されない仕組みや商品開発でこの矛盾を解消しているかもしれません。
教えることなく能力を開花させる方法を有している会社もあるかもしれません。
大量に採用した人を厳しい(ブラックな)環境に置き、「能力がある(とわかった)人だけ残れば良い」という作戦を取っている超有名な営業会社もあります。
しかし、何を置いてもまずわれわれが理解しなければならないのは、
- 能力とスキルは違う
- 能力は教えられない(教えたらバカになってしまう)
- 人の能力開発と経営にはある種の矛盾がある
このことだけは念頭において経営しなければならないということでしょう。
そして、できることなら社員一人ひとりの能力にあった仕事やそのやり方を見極めてあげることが重要です。
さ〜て、来週のロゴコラムは、
- 「社員一人ひとりにあった能力っていうけど、じゃあどんな能力があるのさ」
ということで、私がメモにしたためてきた能力一覧をお見せしたいと思います。
今回はここまでです!
津久井
投稿者プロフィール
-
ロゴ専門デザイン会社ビズアップを2006年に創業。
かつてバンドで大手レコード会社よりCDリリースするも、大事なライブ当日にメンバー失踪、バンドは空中分解。その後「社長になりたい」と思いすぎてヨメの出産5ヶ月前という非常識なタイミングで、各方面から非難を受けながらも独立、5ヶ月でビジネスを軌道に乗せる。
2009年から毎週書きつづけているコラムでは、ブランディングやデザイン、クリエイティブについてかなり独特な視点で切り込む。レインボータウンFMでパーソナリティも務めている。
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