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今週は福岡に出張がありました。火曜日、水曜日と。
お客さまと食事しながらの打ち合わせ。楽しい。おいしい。福岡、本当に大好きな街です。
福岡の方々、ぜひ我々を呼んでください!(笑)
福岡といえば、有名人をたくさん輩出しているイメージです。しかも文化系に強いイメージというか、知的というか。。。
有名なところだと、タモリさんですよね。タモさんは幼稚園のときから他の園児を見て「ガキすぎて、こいつらとは馴染めない」と思って通園しなかったという話を聞いたことがあります。幼稚園生で達観していたと(笑)。
マジメにゴルフをやらない後輩に対しては、「仕事じゃねえんだ!マジメにやれ!」と怒ったという逸話もあります(笑)。
他にも、井上陽水や椎名林檎など、個人的にめちゃくちゃレベルの高い楽曲をつくるミュージシャンも福岡出身ですし、リリー・フランキーも。
お笑い芸人ならバカリズム。やっぱり知的なネタをやっているイメージ。勢いで笑いを取るタイプではないですよね。
ただ、なかやまきんに君も福岡出身らしいです(笑)。いやいやもしかしたら、彼もものすごく知的な狙いがあるのかもしれませんね。
そんななかやまきんに君が福岡で一日署長をしたときのこの動画が好きです。
さて、今週のお話です。
今週は出だしからちょっとくだらないネタでしたが、本文もまあまあくだらないです。なので読まなくてもいいです(笑)。ちょっとエッセイっぽい感じになるかもです。
ただ、先週のお話のつづきに近いというか、「感じる言葉」といったテーマでお話します。
その前にちょっと先週のおさらいを。
- ビズアップでは「感じる言葉」という商標を取得している
- 「感じる」のメカニズムとは何なのか?
- 「考える」と「感じる」の違いは?
- 「画(え)」を見ると何かを感じてしまう
- 「画(え)」は「感じる」、「言葉」は「考える」と思われがちだけど本当?
- 実際には言葉を聞いただけで「感じてしまう」という現象もある
- 「ブランディング」とは言葉と画(え)を使って「感じる」をコントロールすることとも言える
こんなお話でした。
前述のとおり、今週はこの「言葉で感じる」ということをテーマにしていますが、いつもくどくどお伝えしている「言葉と画(え)」ではなく、今週は「言葉と音」のお話。
ポケベルのCMソング
「ポケベル」という、もはや化石のような通信デバイスが主流だったころのテレビCMに、次のようなBGMが流れていたことがあります。
♪あなたを 感じていたい
♪たとえ遠く 離れていても
最近の方はポケベルと同じくらい知らないと思いますが、ZARDというバンド(?)の「あなたを感じていたい」という曲です。どうやら1995年にリリースされた曲のようですね。私は大学1年生でした。
当時の私は洋楽にかぶれ、基本的にJ-POPと呼ばれる音楽はほとんど聴いていませんでした。
しかし、そんな私でも覚えているくらい、この曲はテレビCMで流れていたときにとても印象的でした。
そもそも歌というのは、
- 情景を思い出す
- 情景をつくり出す
- 情景を連想させる
という3つの効果があると考えます。
ある曲を聴けば、何かのシーンがよみがえったり、何かのシーンがつくり出されたり、連想されたりします。昔の名曲を流すテレビ番組では、視聴者は曲を聴くたびに昔を思い出すし、テレビドラマのクライマックスでは主題歌が流れシーンをつくり出します。
そして、テレビコマーシャルでは曲を使うことで生活者にシーンを連想させ、購買につなげているというわけです。この「思い出す」「つくり出す」「連想させる」というのが、つまるところ「感じさせる」ということです。
♪たとえ遠く 離れていても
この曲のこの部分、つまりコマーシャルで使われていた部分しか私は知らないのですが、なぜ私がこの曲を覚えていたかというと、ポケベルの使用シーンが明確に連想できる優れた曲だと思ったからです。
離れている二人がポケベルを使うことでお互いの存在を感じあえる、という打ち出しを見事にこの短い歌詞で表現しています。
つづいて、次の曲はどうでしょう?先ほどの曲が使われるほんの少し前に、やはりポケベルのCMソングとして使用されていた歌です。
♪ポケベルが鳴らなくて 恋が待ちぼうけしている
♪ねえ あなたは今どこで なにをしてるの?
ポケベルのCMで使ってはいけない曲だと思います。
だって、私であれば、こんな歌を聴いたらポケベルはまず買いません。ポケベルを買って恋が待ちぼうけしてしまったら、なんともやりきれないのです。このポケベル、まったく役に立っていないですよね(笑)。
まあ、これはドラマの主題歌からのCMソングという流れで、切ない感じのドラマだったのでこういう曲調になったんですけどね。作詞したのは秋元康大先生。
これ、docomoがポケベルをもっと売るためのステマドラマだったのだと思うのですが、どのくらい影響があったんだろう。
それはそうと、日本語の歌と洋楽を比較したときに、「感じる」ということにおいては、実は日本人にとって明らかに不利な点が日本の歌にはあります。
それは「言葉の意味がダイレクトに伝わってしまう」ということです。言葉の意味がダイレクトに伝わりすぎると「感じる」よりも「考える」のほうに脳の機能が傾きがちです。そうすると歌詞の内容によってはさめざめした気持ちにすらなります。だから日本語の歌詞は難しい。
先週お伝えしたとおり、中学時代の音楽の成績は「2×」で、バンドをやっていたくせに楽譜がいまだに読めない私ですが、少し専門的な話をします。
英語の歌の場合、単語(正確には音節)ひとつに対して基本的には音はひとつです。例えば「You」という単語に対しては「ド」の音がついたり「ミ」の音がついたりします。
しかし、日本語の場合「あなた」という単語に対して、音が3つつく。「あ」「な」「た」のそれぞれの文字に「ド・レ・ミ」や「ミ・ソ・ラ」といった音がついてしまうわけです。
これをうまく操れないとどうなるかというと、「ゴロ」が悪くなります。「ゴロ」というのは、「考える」よりも「感じる」ことを強くアシストしてくれます。
つまり、ゴロの悪い歌詞ほど「感じる」より「考える」が優先されて、意味がダイレクトに伝わってしまいます。
先週もお伝えしたとおり、「考える」と「感じる」は両立するにはしますが、考える時間が短いほど「感じやすい」ということになります。

つまり、「感じるまでの時間」を「考える」と言い換えられます。で、ここが日本語の歌詞の難しいところで、本来歌は「考えさせる」ものではなく「感じさせるもの」のほうがよいわけです。
なので、ちょっと聴いただけでは意味がわからない洋楽でも、ゴロ(音感)の良さをもってして何かを「感じ」ていて、それは「意味がわかるけど感じない言葉」の歌よりも人間にとってはるかに心地良いというわけです。
だから、歌詞の意味は聴き手に連想させるような少しぼやけたもの(抽象的なもの)のほうが、意味がダイレクトに伝わりすぎずに感じる歌になりやすい。これがメロディーの音感とあっているとさらに「感じる」わけです。
つまり、「感じる言葉」にするにはゴロの良さともうひとつ、ある程度の「抽象度」が必要です。
たとえば「コンビニ」や「ケイタイ」、「スマホ」など、意味を伝えようとしすぎるあまりにゴロが悪い上にダイレクトな(具体的すぎる)単語を多く使っているため、聴き手の連想力(感じる力)に制限を設けてしまう。「感じる」前に「考えさせ」てしまう。歌詞とまったく同じ経験がないと感情移入のしようがないわけです。
ところが、
♪キスに打たれて眠りたいぜ(吉川晃司)
と歌われれば、男性諸君ならだれでも思わず「そうそう」と感情を移入してしまうから、その後の「オーイエー」というちょっと恥ずかしい歌詞も、カラオケなどでは自然とみんなで合唱してしまうわけです(爆)。
よく「考えて」見てください。「キス」に「打たれ」て「眠る」ってどういう状況?冷静に考えるとおかしいのに、「考える」のではなく「感じる」から成立するわけです。「考えさせる」前に「感じさせる」言葉になっているということ。
たとえば「花」とか「香り」とか「海」とか「空」とか「雨」とか「部屋」といった言葉はどうでしょう?ある種の情緒や広がりや含みを持つ単語であり、聴き手の想像の幅を制限しない、「感じる言葉」だと思います。
こういった点でいえば昭和の「ニューミュージック」といわれたころの日本の歌は本当に優れていたと私は思います。阿久悠や松本隆や伊達歩、筒美京平などに代表されるような作詞家や作曲家の書いた曲ですね。
例えば、松田聖子さんが歌っていた「赤いスイートピー」は松本隆氏の作詞の曲です。
よく考えてみてください。これをいい大人の男(おっさん)が書くのだから、はっきりいって気持ち悪いです(笑)。
さらによく考えれば「心の岸辺ってどこだ?」ということになるわけですが、ゴロもよく抽象度も適切でメロディーの甘さとあいまって人々に心地よい情景を連想させます。連想の幅のあるすばらしい歌詞となっているわけです。
これが「心の岸部シローに咲いた赤いスイートピー」になると、少々「こと」です。「(故)岸部シロー」はダイレクトすぎるため、連想の幅も制限されてしまい、借金まみれでおかしくなってしまった岸部シローの頭に赤いスイートピーが咲いているといった程度の想像しかできないわけで、何も共感を生まないわけです(なんじゃそりゃ)。
ちなみに、チャッピーに「心の岸部シローに咲いた赤いスイートピー」の画像をつくらせたらこうなりました。

なぜ夕方かもわからなければ、岸辺というより工業地帯じゃねーかとツッコミたくなりますが、AIは「そう感じる」そうです(笑)。ただ、私とチャッピーの間で「悲壮感」みたいな共通認識は取れているようです。
冗談はさておき、日本人は「遠まわしの表現やあいまいさ」に「奥ゆかしさ」を「感じる」人種だから、ダイレクトな表現(岸部シロー)ではあまり「感じない」のです。
J−POP以降のミュージシャンは、どんな言葉だと抽象的でかつゴロがよく、「感じやすいか」というところから目を背けるようになったのではないかと考えます。
その結果、何が起きたかというと、「サビを英語で逃げる」という現象と、「ダイレクトな言葉を多用し感じづらい歌詞になってしまう」という現象というわけです。
日本語ロック論争
実はこの「日本語をメロディーに乗せる難しさ」は、昔からミュージシャンたちを悩ませてきたらしいです。
チャッピー曰く、私が話してきたようなことはすでに1970年代に「日本語ロック論争」として議論されたんだそう。
日本語の歌詞はただ意味を伝えればいいわけではなく、音楽のリズムに乗せた瞬間に、
- 言葉としての意味
- 音としての気持ちよさ
の両方を成立させなければならない。ここが英語の歌詞よりもはるかに難しい。
で、前述の松本隆は「はっぴいえんど」時代に、細野晴臣らとともに、「うちらは母国語でいこうや」ということで、日本語での作詞作曲にこだわったようです。
彼らの名曲「風をあつめて」も、冷静に考えれば、風は「あつめる」ものではありません。袋にも入りませんし、段ボールにも詰められません。
でも、「風をあつめる」と言われると、なぜか街の空気や、朝の光や、少し懐かしい景色まで立ち上がってくる。これが「考える言葉」ではなく「感じる言葉」です。
すごい昔、家族で車で出かけたときに、中央自動車道の競馬場とビール工場のところを走っていたタイミングで、ラジオでユーミンの「中央フリーウェイ」がかかったことがあります。
「そんなことある?」というくらいの偶然だったわけですが、この「中央フリーウェイ」などは、かなり具体的な場所や風景が出てきます。
でも、それは説明ではなく、車窓に流れる景色として機能している。つまり、具体語でも「説明」になった瞬間に考えさせてしまい、「景色」になった瞬間に感じさせる言葉になるわけです。
もっといえば、この曲が「中央フリーウェイ」ではなく「中央自動車道」だったら、めちゃくちゃ気持ち悪いです。NEXCOの回し者みたいになっちゃうわけです(笑)。歌ってみてください。すんごいゴロが悪いから。
ユーミンもやっぱり天才で、「中央自動車道」ではなく「中央フリーウェイ」なら音として成立するという感性を持っていたわけですね。
桑田佳祐も天才ですね。
私の好きな曲に、サザンオールスターズの「YaYa〜あの時代を忘れない〜」があるのですが、この曲のサビはどうやらフランス語のようです。
♪Pleasure, pleasure, la la, voulez vous(プレジャプレジャ ララ ヴレヴ)
調べると歌詞の意味はあるようなないようなという感じらしいですが、この歌詞の意味がわからなくても、このサビを「ステキだ」と「感じる」人は多いと思います。歌詞のゴロ(音感)と曲調が「感じる」を織りなしているわけです。
1970年代の日本語ロック論争から時は流れ、「J−POP」というものが生まれました。そしてこのころ、前述したとおり、サビで英語を使うことが主流となりだしました。
これは意味が伝わりづらくても「ゴロ」に頼って「感じさせる」という効果を狙っていると解釈できます。
- 英語はそもそも日本人に理解されづらい
- でもだいたいゴロが良くなる(音節と音の話)
これが英語が主流になった理由です。意地悪な言い方をするならば「日本語で感じさせる歌詞(言葉)を考えることをサボりはじめた」ということです。
時代が昭和から平成になり、「歌謡曲」が「J−POP」と呼ばれるようになりはじめたころから、日本の歌は言葉で「感じさせる」ことが下手になったと私は考えています。
そんな中、福岡出身の椎名林檎という天才が世に出てきました。
「今夜はから騒ぎ」という曲には、歌詞の中に「溜池山王」が出てきます。東京の地下鉄の駅のひとつなんですが、こんな具体的なワードを超気持ちいい音感で歌にできる人を私は知りません(ちなみに「紀尾井町」も出てきます)。
まあ、「場所」を歌詞に取り込むのは昔から演歌などでよくある手法ではあったんですが(「♪津軽海峡冬景色」とか)、これを今の音楽のセンスで当てはめられるのはやっぱり天才。
ちなみにぜんぜん関係ない話ですが、もうひとりの福岡の天才、井上陽水の「夢の中へ」という曲は、ある都市伝説があります。
これは、ウソか本当かはわかりませんが、警察のガサ入れが入ったときをイメージした歌らしいですね。ラリっている井上陽水を想像しながらこの曲の歌詞を聞いてみると面白いです。
そういえばいきなりですが、私、嘉門タツオが嫌いなんですよね(毒)。なんで嫌いかというと、面白くないからです(毒)。
嘉門タツオ、知ってますかね。替え歌でいっとき人気を博した芸人(なのかな?)です。
さっき、youtubeで嘉門タツオを調べていたら、霜降り明星の粗品がまったく同じこと(「おもんないねん!」)を言って嘉門タツオをディスっていました(汗)。
- ♪チャラリー 鼻から牛乳
で人気になったとのことですが、こんなのは彼の発案でもなんでもなく、我々が小学校1年生か2年生のころにはすでに教室中で歌われていた、こすられ倒したネタでした。
だから、彼がテレビに出てきたときから(私が中学生か高校生くらい?)、「この人はなんで人のネタを自分で考えたかのようにしてテレビに出ているんだろう」と怪訝に思っていました(毒)。
まあそれはいいとして(笑)、なんで面白くないか改めて彼の「替え歌集」を聞いてわかったんです。
彼の替え歌は、圧倒的に「ゴロが悪い」んです。
♪だけど世間は つめたいものさ
♪人気がなくなりゃ 見向きもしない
♪エリー マキー トカゲー
何の曲の替え歌かわかりますか?サザンオールスターズの「いとしのエリー」です。つまらないですよね(爆)。
で、「♪エリー」のところを使いたいがために、そこまでの歌詞はゴロや音感を無視しまくっている。だから、「感じる」より「考える」が先行してしまう(「感じる」に到達するまでに時間がかかる)。
でも、「面白いかどうか」って考えるものではなく感じるもの。なので「つまらない」と感じてしまうんだということを今回発見いたしました(笑)。
なんで人気になったんだろ(毒)。
ただ、彼のネタの「♪海パンの中井貴一が 腰を振る物語(チャコの海岸物語)」だけはなんとなく好きです(笑)。このネタはゴロが良いんだよな。
何曲知ってますか?何十年も耳に残るCMソングたち
ただの音楽談義っぽくなってしまってもいけないので、もう少しビジネス的なお話もしてみましょう。
ここまで話したことは、何も歌に限った話ではありません。企業のタグライン、キャッチコピーなども本質は同じで、「感じる言葉」になっているかが大切。
で、ちょっといいですか?
もうひとついきましょうか。
さらにもういっちょ。
ちょっと年齢によってかなり結果が異なりそうですが、多くの人が、この言葉を聞いただけで、音=曲も一緒に出てきたのではないでしょうか?
最近テレビを見ていないのと、もうあと1週間くらいで50歳になってしまうことから、挙げる例にとても自信をなくしておりますが(笑)、もう少し見てみましょう。
- 伊東に行くならハトヤ
- ピッカピカの一年生
- ミルキーはママの味
- この木なんの木 気になる木
- 青雲 それは君が見た光
- カステラ一番、電話は二番、三時のおやつは文明堂
- チョコレートは明治
- ロート ロートロート ロート製薬
- た〜らこ〜 た〜らこ〜 たっぷり〜た〜らこ〜
- ウイスキーがお好きでしょ
- リフォーム しようよ 新日本ハウス
- 家に帰れば 積水ハウス
- パッ!とさいでりあ
- いすゞのトラック
全部、曲が出てきません?(R-45ですけど笑)
CMに使われた曲で、人々に思い出してもらえないような曲なんて、おそらく何万曲もあると思います。それに対して、上記のCMソングはなんで今でも頭に残っているのか?
これって音と言葉のハマり方がめちゃくちゃ気持ちいいから、今でも残っているんだと思うんですね。
CMソングですから、言葉(=歌詞)はやっぱり多少説明的になってしまうことが多いと思います。それでも音との気持ちよさを最大限に出せるようなゴロのよさを考えてつくられた曲が今でも残っているんだろうなと。
ちなみに上記の中で異彩を放っているのが、「パッ!とさいでりあ」です。
よくよく「考えて」見てください。意味わからなくないですか?「キスに打たれて眠りたい」や「風をあつめて」よりも意味がわからない。そもそも単語がわからない。
なのに、この曲って頭から離れないですよね。なんなら口ずさんだことがある人も多いのではないでしょうか?私はあります(照)。ちなみに「さいでりあ」は商品名です。
じゃあ、意味がわからないのになんで頭に残っちゃうのか?それは先ほどからずっと伝えていますが、「言葉と音」がめちゃくちゃマッチしているからです。
こう考えると、「言葉と画(え)」もマッチしていればしているほど効果が高いということが想像しやすくなると思います。
いやしかし、「パッ!とさいでりあ」を作曲した小林亜星も天才ですよね。彼の他の作品、聞いてみたら「これも小林亜星なのか!」とびっくりする人も多いと思います。
おそらくですが、CMソングは「詞先」という曲のつくり方がされていると思うんです(反対は「曲先」)。
これは、メロディと歌詞、どちらを先につくるかというもので、別にどっちでもいいんですけど、おそらくCMソングはその特性上、「言いたいこと(=企業のPR)」という歌詞が先にあるんじゃないかな。知らんけど。
なので、歌詞のゴロに対して、あとから最高の音をつけるというつくり方だと思うんですよ。もちろん、ゴロの良さを出すための多少の歌詞変更とかはあると思うけど。
たとえば、小林亜星のつくった曲に、フマキラーの「カダン」という害虫駆除剤のCMソングがあります。これ(子どものころよく聴いたな)。
なんで、「アブラムシ」とか「ハダニ」とか「黒星病」とか「うどんこ病」にこんなきれいで何の違和感もない音をつけられるのか。天才かよ。普通だったら、ゴロが悪くなってしまい、「感じる」より「考える」曲になってしまい、気持ち悪い仕上がりになってもおかしくないのに。
ちなみに、カダン以外にも上記に挙げたCMソングのうち、
- この木なんの木
- 家に帰れば 積水ハウス
- パッ!とさいでりあ
が小林亜星作曲のCMソングです。他にもたくさんあります。明治のチェルシーとか。「あなたと、コンビに。ファミリーマート」もそうらしいですよ。
それにしても、小林亜星ほど「見た目と中身」にギャップがある人も珍しいですよね。まるで言葉と画(え)のマッチ度が弱いかのよう。「作曲家」のイメージをもっていない人も多いんじゃないかな。
私は「♪住みなれた〜我が家に〜」も小林亜星かと勝手に思ってたのですが、これは歌っている吉幾三さん本人の作詞作曲でした。びっくり。この歌もナゾに口ずさんじゃいますよね。「♪リフォーム〜 しようよ〜 新日本ハウス〜」。
あと、「いすゞのトラック」もいいですね。キャッチーでポップなCMソングが多い中、バラード調。
メロディがすばらしことは間違いないのですが、「トラック」という言葉が、「ある種の情緒や広がりや含みを感じさせる単語」だとは思っていませんでした。聞き手の想像の幅を制限しない、良い抽象度の言葉。
- いつまでも
- 走れ
- トラック
たったのこの3語とメロディだけで、あんなに情緒やノスタルジックを感じる曲になるとは思いもよりませんでしたよ。
♪走れ 走れ
♪いすゞのトラック
作詞はツカダマコトさんという方で、作曲は奥居史生という方。
特筆すべきは、ツカダマコトさんは、東急エージェンシーのクリエイティブディレクターなんだとか。つまり、プロの作詞家ではない。どちらかというと我々サイドの人間。
「プロの作詞家ではなく、いすゞのことをわかっている人に」という意図があったんだとか。いすゞもやることがニクイですね。
この曲で、いすゞのトラックはどれくらい売れたんでしょうね。売れ行きはわかりませんが、いすゞの社員さんやいすゞのトラックを仕事で使っている人にとっては、私はかなりポジティブな作用があったのではないかと考えます。
実際に、いすゞはこの曲を「トラックドライバーの応援歌」という位置づけにしているそう。
歌詞を聴くとよくわかります。冬の朝、まだ日が昇る前から活動を開始するトラックドライバーたちの息づかいを感じられるような、情景が浮かぶ歌詞。
これが、「ポケベルが鳴らなくて」みたいな、「トラックが走らなくて」とかだったら成立しないですね。秋元先生に報告しようと思います(笑)。
ちなみに、私の友人に「社歌」をつくるビジネスをしている人がいます。CMソングとはちょっと毛色が違いますが。。。
こちらの代表のじろうさんは、エイジアエンジニアというメジャーアーティストです。そのじろうさんの業界のコネクションで、さまざまなミュージシャンに社歌を考えてもらうことができるというわけです。
ピンクのポロシャツの人がじろうさん
また、私のいとこも日向坂46などの曲を書いていたので、それこそサウンドロゴやサウンドアイコン、CMソングなんかもつくれます。
え〜、つらつらと役に立つのか立たないのかわからない音楽談義をしてしまいましたが、最後に私が強く共感した曲の一節をご紹介して終わりたいと思います。
その曲は近藤真彦の「ギンギラギンにさりげなく」です。私が共感した歌詞はこれです。
命がけですっとぼけつづけるこの姿勢に、男としては深く感情移入せずにいられないのでした(笑)。
今回はここまでです!
津久井
投稿者プロフィール
-
ロゴ専門デザイン会社ビズアップを2006年に創業。
かつてバンドで大手レコード会社よりCDリリースするも、大事なライブ当日にメンバー失踪、バンドは空中分解。その後「社長になりたい」と思いすぎてヨメの出産5ヶ月前という非常識なタイミングで、各方面から非難を受けながらも独立、5ヶ月でビジネスを軌道に乗せる。
2009年から毎週書きつづけているコラムでは、ブランディングやデザイン、クリエイティブについてかなり独特な視点で切り込む。レインボータウンFMでパーソナリティも務めている。
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