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2021年10月01日 ビズアップの歴史 メールマガジン 公開する 【第594回】創業16年目突入記念! ビズアップの歴史 ー組織の崩壊編ー

さて、ビズアップは9月26日で丸15年を迎えることができました。これもひとえにみなさまのおかげ、一緒に働いてくれる社員や契約のデザイナーのおかげだと感じております。

先週、今週と、15周年を記念してビズアップの生い立ちをエッセイ仕立てでお送りしております。

先週もお話しましたが、起業を考えている、起業したばかりという方には多少お役に立てるお話かと思いますし、そうではない方にも共感していただいたり読み物として面白いなと感じていただけるように書いたつもりございます。

そしてこれも先週からお話していますが、「長い」です。いつも長いですがいつも以上に長いです。ですので、今週はコロコロニュースはお休みします(あ、緊急事態宣言明けましたね!!でもどうせまた選挙後くらいに緊急事態宣言が出ると思いますが 泣)。

長いので3時のおやつなどのときにお読みください。それではどうぞ!

ちなみに先週号を読まれていない方はこちらからどうぞ。

 

●起業 ー武器は走りながら拾えー

2006年9月、起業の準備が済み、実際に仕事を少しずつ受けはじめたところで一度派遣の営業マンの仕事をします。収入確保が一番の目的でした。

営業にこだわって派遣先を探したのですが、それにも理由があります。結果さえ出しておけば空いた時間で何をしていても怒られないと考えたからです。さらに派遣であれば残業もなくきっちりと定時で上がれます。

運良く2ヶ月限定の営業マンの派遣社員募集を見つけます。ビズアップのテストマーケティング期間として、2ヶ月はうってつけでした。逆に期限がなければズルズルと派遣社員をつづけ独立しなくなるという可能性も考え、退路を断つためにあえて期限付きの派遣社員を見つけたわけです。

私は営業で求められた結果を出しつつ(たいして難しいものではありませんでしたが)、空いた時間ですぐに喫茶店に入りビズアップの仕事をしていました。19時の定時を迎えると、すぐに自宅に帰って食事、風呂、そしてまた夜中までビズアップの仕事をしました。

2ヶ月後、派遣の期間が終了。「正社員になってほしい」という派遣先からのありがたいお誘いを丁重にお断りして、ビズアップ1本で生きていくこととなります。自宅兼事務所でスタート。生活はカツカツでしたが、なんとなくではありますが徐々に手応えを実感できるようになりました。

ビズアップはロゴの受注は実は起業当初から比較的順調でした。

しかし、契約してくれるデザイナー、つまり仲間になってくれる人がはじめはなかなか集まりませんでした。

「今日の夕方5時にお客さまから修正指示が入るから待機していてね」と朝電話で伝えたのに、夕方5時に電話したら「もう外で呑んでいるので今日は無理」というデザイナー。

パソコンがウィルスにやられていたのかなんなのか、同じメールが20通くらい送られてくるデザイナー。

大手広告代理店でアートディレクターをやっていたという実績の持ち主なのに、あがってきたロゴデザインが四角の中に「?」マークが描いてあるだけで、ロゴと呼ぶのもはばかられる、とてもお客さまに提出できないクオリティのものを提出してきて、「これじゃ提出できません」と伝えると、「でもお金はもらえるんですよね?」とか言ってくる自称デザイナー。

今思うと珍獣博物館のようでした。

ビズアップの「外部のフリーランスデザイナーに仕事を任せる」というスタイルは、現在のクラウドソーシングの走りのようなものでした。当時は「スイッチボードモデル」といったりしたのですが、私も勉強してスタート時からスイッチボードモデルを導入していく体制を整えようとしていました。そのため、この「珍獣だらけの状態」はわりと焦りました。自分の戦略はうまくいかないのではないか、と。。。

「このままではまずい。。。」

今思い返すと「ネット社会の幕開けらしいな」と感じる解決策でこれを突破します。それはSNSを活用したものでした。

当時流行していたSNS「mixi」。これを利用したのです。mixiは意外にも仕事に使える優秀なSNSでした。「コミュニティ」という機能があり、たとえばサッカー好きの人が集まるコミュニティや「〇〇町在住の人」といったコミュニティが数多く存在していました。つまり、すでにある程度のセグメントが行われている人の集まりがネット上にあったわけです。

私は「グラフィックデザイナー」関連のコミュニティを複数見つけ、そこに募集を出すことを考えました。しかし、mixiに書き込みをすることには多少の恐怖心がありました。SNSですから、下手な書き方でデザイナーを募集したら槍玉に挙げられるのではないか、という不安があったのです。

それでも、私はなりふり構っている場合ではありませんでした。神頼み的にダメ元で募集をかけたのです。その結果。。。

槍玉に挙がる心配どころか、かけがえのない人たちが集まってくれました。そこで集まってくれた人は、後のスタッフになる人や今でもビズアップの仕事を請けてくれている、そんな人たちでした。

私の大好きな言葉に「武器は走りながら拾え」というものがありますが、まさに走りながら武器を拾った瞬間でした。

※ちなみに「こういう商売の仕方(無料提案)されたらオレたち困るんだよ!」とわざわざ文句を言いに来たデザイナーが1名おりましたが(汗)。

起業から5ヶ月後の2007年1月、3,920gという超巨大児として長男が誕生しました。その時にはなんとか自分と家族の食い扶持くらいは稼げるようになっていたので、「会社員に戻る」という契約を履行せずにすんだわけです。

 

●必要なタイミングで必要な人が現れる ー充実感、達成感、幸福感ー

いまでも私は思います。私を社長にしてくれたのはおそらく長男だろうと。。。

さて、なんとなく軌道に乗りつつあるビズアップでしたが、次のステップとしては「人(社員)を採用すること」だと考えていました。

当時読んでいた本に感銘を受けたのですが、その本には「赤字でも人に任せろ」といった趣旨のことが書いてありました。今雇ったら赤字になる、それでも人を入れて自分の本来やるべき仕事以外はその人間に任せたい。。。覚悟をしました。

人を入れようと思った時にまっさきに顔が浮かんだ人間が契約のデザイナーの中にいました。その人間はNといい、その後のビズアップのNo2となる人間でした。

私には、それまでの人生経験から「必要なタイミングで必要な人が現れる」という持論がありました。

新卒で入ったS社では入社後いきなり社長の直属の部下になりました。厳しい人でしたが、自分が独立できるメンタルとビジネスの基礎を身につけさせてくれたのはこの社長でした(このあたりのお話は過去のメルマガに載せています)。

独立のために転職を決意し、マーケティングを学びたいと思いつつも営業でしか採用されなかった私の仕事ぶりに目をかけてくれて直属の部下にしてくれたのが、H社の取締役であり起業時にネット広告で私を助けてくれた元上司でした。転職してから知ったのですが、この人はダイレクトレスポンスマーケティングのプロでした。

その元上司はH社で部下として働いていたときに独立に必要なテクニックを私に与えてくれました。他の会社に転職していたら(この人と会っていなかったら)、やはりビズアップはなかったでしょう。

「必要なタイミングで必要な人が現れる」

この持論はS社の社長、H社の元上司との出会いを通して、人生の重要な節目では必ず自分に必要な人に出会うことを体験的に感じていたために生まれたものでした。

当時の自分は冴えていて、私はNに自分から声をかけることをあえてしませんでした。もし本当にNが求める人材ならば、きっと彼のほうから来てくれるはず。なんの根拠もありませんでしたが、なぜかそう感じたのでした。

ビズアップをはじめて4ヶ月、初の年末、少ないながらもデザイナーを集め、居酒屋でささやかな忘年会をやったとき、なんと、Nのほうから「ビズアップで雇ってほしい」と言ってきてくれたのです。

私はそれを聞いて、すぐにお金を調達する準備をしました。2ヶ月後、国金(現日本政策金融公庫)での融資もおり晴れてはじめての事務所を出します。7畳程度のワンルームでした。創業から半年経っていました。

この時は前述のように、まだ自分の食い扶持分しか稼ぐことができていませんでした。なので、人を入れてお給料を出したら自分の生活費が足りないという状況でした。

しかし不思議なもので、スタッフがひとり入るときちんと売上がついてくるのです。「そういうものだよ」と先輩経営者には聞いていたのですが、本当にそうなったのには驚きでした。

ちなみに事務所は自宅の近くに構えていました。子どもが生まれたばかりなので、何かあればすぐに駆けつけられるように。。。お金を浮かせるために、昼食はNも一緒に毎日自宅に戻りました。ヨメのつくった昼メシをNと一緒に食べ、子どもの顔を見てまた仕事に戻る。

今まで夜遅くまで、特にP社では週1か2で徹夜していた自分にとって、不思議なライフスタイル。でもそんなライフスタイルがとても好きでした。

結婚し、子どもも生まれ、独立して事務所を構え、社員が入社し。。。自分は幸せ者だと感じ、毎日の大きな充実感をこのときは得ることができていたと思います。

その後、同士と呼べるほどの仲間が契約デザイナーとして数名現れ、ワンルームの事務所は半年で引き払い少し広い物件に「合同事務所」をつくることになります。この仲間との出会いも私にとっては非常に大きいものでした。デザインのクオリティも高く、マインドも自分に近い仲間がこのタイミングで何人も現れるとは。

仲間が増えて成長していく実感を得、ちょうど1年経ったこともあり個人事業主から法人化するなど、当時は今思い返すと怖いものなしだったように思います。

もちろん、細かいピンチはたくさんありました。でも、思い返すと概ね順調に仲間も仕事も増えていたと言えます。

 

●正義、怒り、不安 ー負のサイクロンー

その後、社員も増え、多いときには9名くらいとなりました。2011〜12年ころです。

ただ当時の私は、いまだ発展途上にある今の私から見ても怖いくらい傍若無人なところがあり、仲間が増えればそれだけ問題も増えるような状況が訪れるようになってきました。

なにせ、ひどいことも当時のスタッフにたくさん言っていたと思います。

「うちはベンチャーなんだ!そんな仕事ぶりじゃうちの会社は死んじまうぞ!」
「凡人はいらねーんだよ!ベンチャーなんだぞ!」
「なんでやらねーんだよ。考えなくていいからやれよ」
「考えてやらねーから失敗すんだよ!よく考えろ!」
「責任感なさすぎるだろ!」

とか(ほんとすいませんでした)。

そもそも褒めることが私はいまだに苦手です。そして、

「褒められないと仕事ができないようでは本物ではない。褒めてくれる人がいなくなったらどうするんだ?」

という親から譲り受けた「星一徹的価値観」でメンバーのみんなと接していました。目標達成した後も褒めるどころか、「勝って兜の緒を締めよ」とか言っちゃってました(母親によく言われていた)。

ただこれは親からそういう教育を受けたことだけが原因ではありませんでした。

当時の自分はスタッフを鼓舞していると思っていたのですが、こういった強い言葉で仲間に接するのは、たいていその時の自分に不安感がある状況だったと今思い返すとわかります。不安を、怒りを用いて打ち消そうとした時のそのターゲットがスタッフだったのです。

スタッフは「足りない」とか「できていない」とかそんな言葉ばかり言われているようなもので、おまけに、

  • 怒り ≒ 正義

の図式でスタッフを怒りますから(正義ほど正義でないものはないですね)、スタッフ側は

「自分が悪い、津久井さんが正しい」
「だけどどうしたら良いかわからない」

と感じていたことと思います。そうした状況、心理の行き着く先は結局は「辞める」となります。

しかも辞める前には必ずと言っていいほど、「仕事のパフォーマンスが極端に落ちる」ということが起こり、そこでまたスタッフの足りていないパフォーマンスに対する

「正義という名を借りた怒りの皮を被った不安」

というネガティブ三層構造による言葉のひとつひとつが、吸引力が落ちないただひとつの掃除機以上の負のサイクロンを巻き起こし、辞める以外に脱出方法のないブラックホールに仲間をいざなってしまうのです。

そんな状況ですから辞め方も決して良い形ではありませんでした。今思い返すと。。。あ〜、謝りたい〜。当時の人たちに謝りたい〜〜。

そして、9年前に大きなできごとが起こります。

当時の営業担当の人間が朝のミーティングで私と大げんかとなりそのまま会社を出て行って辞めてしまいました。

その数日後、その人間の仕事をすべて自分で抱えて動いていると、あることがわかりました。なんと、デザイナーへの支払いは完了しているのに、お客さまに請求していないお金が500万円くらいあったのです。

出ていってしまったスタッフは「すべて請求は完了しているからデザイナーへの支払いをしてもOK」と以前に私に告げていました。

当時のビズアップはまだ年商1億にも満たない程度の会社です。キャッシュフローも決してよくなかったため、支払い済みで未請求500万円はめまいがするほどの金額でした。まあ、管理不足、仕組み不足以外のなにものでもないので自業自得ですが。。。

さらにその後、ロゴのご依頼数がふるわず、多いときの半分程度にまで減ってしまいました。

ときは2012年初頭。今思い返すと東日本大震災の影響などが出はじめたころなのかもしれませんが、当時はただただ不安と焦りに苛まれました。ヨメと子ども(長男と次男)を豊田市の実家に帰して、自分は事務所に寝泊まりしようかとまで考えていました。

なにか手を打たなければならない。当時のNo2(N)、No3、No4と、夜10時まで仕事をし、そこから終電まで毎晩ミーティングをしました。そしてそこからさらに自分の仕事に戻り、夜中の2時や3時まで仕事をしていました。朝は7時過ぎには会社にきて仕事をスタートしました(始業は10時)。

暗中模索。打ち手が効いているのかどうかもわからない。やらなければならないことは山ほどある。それをやりつづければ業績が回復するのかすらわからない。「出口の見えないトンネル」という使い古れた表現がまさに一番ハマるような感覚。

そんな中、当時のNo2であるNとNo3に言われます。

「2人で独立するのでビズアップを辞めます」

このような一連のできごとが重なり、多い時には9人いたスタッフが私とパート1名を入れて半分の4人になってしまったのです。

このころ、人前では一切泣かない私は自分を奮いたたせる音楽をかけ、誰も見ていないところで泣きながら夜中や土日に仕事をしていました。

 

●一難去って・・・ー突然届いたラブレターー

しかし、完全に孤独だったわけではありません。残ってくれた3名の仲間が一緒に奮起してくれたのです。

彼らがいたから「まだやれる!」と自分を奮いたたせることができました。

当時No4という立ち位置だったディレクターの板橋は、「おれはビズアップに残ります!」といってくれました。

実は板橋はNo3の幼なじみ。No3の紹介でビズアップに入社しました。会社の状況は悪く、かつNo2、No3が辞めるとなれば、板橋もいなくなってしまうだろう。。。そんな中、板橋と2人で呑みにいく機会があり、思い切って彼の本心を聞こうとたずねたときに返ってきたのが「おれはビズアップに残ります!」でした。

この言葉に自分がどれだけ救われたかわかりません。今でも鮮明に覚えています。安い居酒屋でこの言葉を聞き、「あぁ、まだ諦めなくてもいいんだ」と感じたことを。

もちろん、その後すぐに状況が改善したわけではありません。

受注数が減っている状況でしたので、ロゴディレクターの中でただひとり残ってくれた板橋が「僕ひとりでロゴを回します!」と言ってくれました。

ものすごく頼もしかったのですが、そんな中、そのタイミングでホームページをリニューアルしたせいか、ロゴの依頼数が突然爆発。今度は対応が追いつきません。

会社のために夜中まで無理をしてくれた板橋は、お客さまとの電話中に顔面が痙攣し、両手が麻痺するという事態に見まわれました。

タクシーで脳神経外科に行き、板橋を置いて先に事務所に戻るさなか、いろいろなことが頭をめぐりました。会社のこと、お客さまのこと、家族のこと、そして何より板橋の体のこと。

一難去ってまた一難。また泣きそうになりながら事務所に戻ると、一通のメールが来ていました。

ディレクターの採用の申し込みでした。募集をかけていたわけではありませんでしたが、会社の代表アドレスに届いていました。

そのメールの送信者はデザイナーとしてもディレクターとしても実績が十分にある人間でした。しかもそのメールは、ビズアップのサイトを隅から隅まで見て私の考えにも共感をしてくれた上で「ビズアップに入れてほしい」という、まるでラブレターのような内容だったのです。

「必要なタイミングで必要な人が現れる」

「これだ」と思い、すぐに入社をお願いしました。「こういうことってあるんだな、やっぱり」とものすごく感じました。その社員Mは歳は30歳前後、結婚して5歳の子どもがいました。当時の我が家の長男と同い年でした。

Mが入社して1週間後のことです。仕事中にM宛に病院から電話が来ました。Mの奥さんが自転車に乗っている時に車にはねられ、安否不明という連絡でした。。。

Mはすぐに病院に向かいました。状況が状況だけにこちらから連絡を入れるわけにもいかず、ただひたすら彼からの連絡を待っていました。

その日の夜遅く、なんとか命に別状はないという連絡がMからやっと来てホッとしました。しかし、奥さんは全身打撲、両手両足腰骨複雑骨折で半年間の入院を余儀なくされました。

Mの家は会社から1時間半。5歳の子どもがいることから、

「このまま仕事はつづけられない」

と連絡が来たのは事故の数日後のことでした。そして、入社そのものをなかったことにしMは去って行きました。

 

●社長になってから試される覚悟 ー真の日本一5つの条件ー

なぜこうもうまくいかないのか。社員が大量に辞める、売上、利益、キャッシュが足りない、と思いきや、社員が体調を壊すほどの仕事が入ってくる。「この人こそ!」と感じた人間が不測の事態で去る。

何を想い、何を考えればいいのか。。。

しかし、こんな中でもやったことがあります。それは売上や利益に直結するわけではない施策でした。「ビズアップのコアバリューを策定する」でした。

当時、なぜこれをすべきか、これが重要だと感じたかは、実は記憶があやふやです。しかし、夜遅くまでファミレスで板橋とふたりでつくりあげたコアバリュー。それはこんなものでした。

【ロゴデザイン専門会社としての真の日本一5つの条件】
1:日本で一番たくさんロゴを提供する会社
2:日本で一番多くのロゴに関する知識とノウハウを持ち合わせている会社
3:日本で一番多くのロゴデザイナーを排出する会社
4:日本で一番ロゴをつくって「ありがとう」と言われる会社
5:日本で一番ロゴへの愛がある会社

今ではビズアップはロゴ以外にもブランディング全般の仕事をいただくようになり、会社の理念、ビジョン、ミッションは新しいものになりましたが、このサービス理念ともいうべきコアバリューは、ロゴデザインサービスのBI(ブランドアイデンティティ)としてしっかりと残っています。

その後、人を入れることに正直怖さを感じることもありました。お金をかけて募集広告を打ち、来てもらっても即戦力にはならないとなると、キャッシュは大丈夫なのか、また雇っても何らかの理由ですぐにいなっくなってしまうのではないか、など。

しかし、人手が足りないのは確かです。起業時を思い奮い立たせました。「赤字でも人を雇え!」。

赤字でも人を雇うことが正解かはいまだにわかりません。ひとつ言えることは、もし失敗だという判断だとしても経営者がなんとかするという覚悟があれば、本当になんとかなると思います。その覚悟がなければ、赤字で人を雇うことはやめるべきでしょう。

私は自分への覚悟もこめて、「ビズアップが日本一だ」ということを、ロゴの集客、人材採用などあらゆる面に打ち出すようにしました。

実際にいまだにロゴの受注数だけでいえば、クラウドソーシングのようなプラットフォームのほうが多いでしょう。しかし、私たちはただのプラットフォーマーではありません。数だけではない、さまざまなノウハウ、経験を持っています。そしてデザイン会社という枠の中では日本一です。

面接では、応募者全員に「真の日本一5つの条件」の話をし、これを達成するために協力してくれるか、このミッションに参加してくれるかを全員に問うようにしました。

そのあたりからでしょうか。自分自身が少しずつ変わってきたのは。この時の不安は、以前とは違って怒りに転嫁することはありませんでした。

そして、そうしているうちに、また少しずつ社員が増えはじめていきました。

 

●すべての原因は社長にある ー「社長が変わる」の改善感度ー

業績も回復し、社員もまた順当に増えはじめ、私はすっかり人が変わったように、社員を詰めたり怒ったりすることが減っていました(まったくなかったとは言えませんが 汗)。

しかし、まだまだ社員を褒めたり、社員にお礼をいうことができませんでした(というか社員に限らずヨメにもお礼を言ったりができませんでした)。

そんなとき、ある友人経営者が出した著書を読みました。それは「日報」に関する本でした。

その本によると、日報は経営者こそ書くべきと記されていました。が、私はこの本を読んだときに直感しました。「社員に書いてもらおう」。

理由は2つです。

ひとつは、デザイン会社というのは数字に弱い。当時のビズアップももれなく弱く、KPIの設定なども特にしていませんでした。ロゴの仕事をすべて分解し、マーケティングファネルに落とし込み、目標KPIを日報に書いてもらうことで、社員に数字の定点観測を促す、そのために日報を活用しました。

そしてもうひとつ。こちらのほうが重要な理由でした。

日報には数字だけでなく、その日の所感を書き込んでもらいました。個人としてうまくいったこと、いかなかったこと、そしてチームとしてうまくいったこと、いかなかったことの4つを書いてもらうようにしました。

目的は、社員のその日の振り返りもあるのですが、私が日報の中に「ありがとう!」や「よくやったね!」など、お礼と称賛を書き込むためです。言葉では伝えられないものも、なぜか文字であれば伝えられるのではないか、そう直感したのです。

日報を導入してから、組織は自然と成長するようになりました。ときは2013年の夏から秋にかけてでしょうか。特に口うるさく何かを言わなくても社員の成長を感じる。あたり前のことかもしれませんが、当時の私には不思議な感覚でした。

2013年9月には、社員の要望でバックパックを背負って1ヶ月間日本中を旅しました。今からちょうど8年前、全国のお客さまにお会いしに行ったのです。

コンセプトは「貧乏旅行」。飛行機、新幹線、特急、タクシーは使わず、鈍行と高速バス、フェリーのみを乗り継いで全国を回りました。宿はマンガ喫茶。週に1度だけ洗濯のためにビジネスホテルに宿泊。

なかなかハードな旅でしたが、旅に出ることになったのは社員に言われた言葉がきっかけでした。

「以前、日本一周したいって言ってましたよね。行ってきてください。けっこうしんどいと思うけど、私たちに普段厳しいことを言ってるからたまには私たちの言うことを聞いてくれますよね?」

おそらく昔の鬼のように傍若無人な私にだったら、社員たちもそんなことは言えなかったでしょう。良いのか悪いのかわかりませんが、そういうことを言い合える関係性になっていました。

旅の最中は、質問がない限り仕事に一切口出しをしませんでした。

もちろん不安でした。しかし、この旅の目的は「全国のお客さまにお会いする」だけでなく「社員を信じ切る」というものでもありました。旅の最中も日報だけは欠かさずフィードバックしていましたが、それ以外は何も言いませんでした。

ちょうど1ヶ月の9月末に会社に戻り、業績を確認しました。結果は・・・目標に対して大幅「未達」でした。

しかし、私自身もこのときには少し成長していたのか、旅から戻っても怒ることはありませんでした。なぜ達成できなかったのか、ボトルネックは何だったのかなどを、旅を終えてすぐにミーティングで話しあいました。その結果、翌月には当時の過去最高の売上を上げることができました。

社員を変えようとするよりも、社長が変わったほうがはるかに効果的で改善感度が高い。創業から大きな事件を経てそれを実感することとなったのでした。

 

●エピローグ ー「良いこと」の正体ー

「え?ツクイさんって怒ったりするんですか?」

わりとよく言われます。が、私も怒るときには怒ります。昔は怒らなくていいとき、怒ってはいけないときにまで怒っていました(汗)。

心がけていることは、「自分はまだ発展途上だ」ということ。社長としてまだまだのレベルだ、ということだけでなく、人間としてもまだまだです。

それにしてもビズアップは不思議な会社です。

実は、過去に退職したスタッフが2名もビズアップに戻ってきてくれているのです(経営者としてめちゃめちゃ幸せなこと)。しかも2名とも上場企業に転職し、数年の後戻ってきてくれました。そのひとりが、板橋です。

現在は私、芳村(お会いしたことがあるお客さまも大勢いらっしゃるかと思います)、板橋の幹部3名体制でさらなる成長を目指しています。今年の春には新卒も4名入社しました。

傍若無人だったころに比べ今は怒るということがほとんどなくなりました(ベテラン社員には厳しいですが 汗)。

でも不安からメンバーのみんなに何かしらのプレッシャーをかけてしまっていると感じることはまだたまにあり、

「本当にまだまだかっこわりーな」

と思うと同時に「会社は社長の器次第」だというのは本当なんだなと実感するようになりました。

私はこの15年間で「すごい良かったことは??」と聞かれると、実はあまりありません。起業時の毎日の充実感くらいでしょうか。

ここでお話したトラブルや問題以外にもいろいろなことがありました。そして直近の5年間もまだここではお話できない失敗や辛いことがいろいろとありました(その時の話はあと10年くらいしたら「慢心編」として書こうかなと思います 笑)。

では、そういったさまざまな問題が起こったときに

「起業時くらいの強い覚悟があったか」

と問われると言葉をつまらせてしまう自分がいます。

おそらく、自分が感じるつらさと覚悟の弱さには相関関係があるのではないかと思います。覚悟が弱い人ほど物事をつらいと感じる度合いが大きい。

これは何も経営者に限った話ではないかもしれません。

問題や悪いことはいっぺんに起こることがあります。たぶん、ほとんどそうです。

それに対して、良いことはちょっとずつしか起こらない、小さな変化しか生まないのかなと思います。

まるで、幼虫がさなぎになり、さなぎから蝶になるように、ずっと見ていても変化しているのかわからない、でも気がついたら空を飛んでいる、

そんなのが本当の「良いこと」の気がします。

まだまだ空を飛ぶには至ってませんが、少しずつ積み重ねてきたものがやっぱりあるんだな、これが「良いこと」の正体なんだな、きっと。

さて。。。最後は相田みつを風になってしました。

もっともっと語りたいこともあり、いつか絶対に小説にしてやろうと思っているのですが、多くのお客さまやデザイナー、そしていつもわがままを聞いてくれるビズアップのスタッフに感謝しつつ、ひとまずお話はここまでにしておこうと思います。

いつもどおり、いやいつも以上に長い回となってしまいましたが、お付き合いいただきありがとうございました。

16年目を迎えるビズアップをどうぞよろしくお願いいたします。

 

今回はここまでです!

津久井

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